春が過ぎても春は胸に
「11月11日はポッキー&プリッツの日」ってモーニング娘。がCMやってたのは、ありゃ何年前だ??ものすごーく昔のような気がする。そして、11月11日になるたびいちいち意識する。たしか最近のCMでも控えめに書いてあったりするが、なんつーか、こんなに覚えやすくていいキャッチはそう無いんじゃないか。今日一日頭から離れねえ。
・燃料電池車1100キロの旅 東京から北九州、長距離テスト
http://www.nikkei.co.jp/news/main/20091111AT1G1100H11112009.html
話はサクッと変わるが、昨今ハイブリッド車を見かけない日がないほど普及している。この記事にはないけど「2015年を目処に水素自動車の普及を目指す」という業界目標もあるそう。現状「一台数千万のコスト」とかいうわりにはけっこう早いなー、という印象だが。もちろん庶民が普通に買えるようになるのはもうちょっと先としても、あと15年もすればガソリン車が珍しいくらいになるかもしれない。その時にはハイブリッド車なんてキレイサッパリ消えてなくなってるだろう。車の歴史の中ではごく短い期間の特異な現象として見れそうだ。
個人的には現在流行中のハイブリッド車の何がいいって、名前だと思ってる。名前だけだと思ってる。「ハイブリッド」という響きがなんとなく近未来で、カッコイイ。そんなイメージ。環境に優しいとか燃費がイイとか財布にも優しいとかあるけど、そもそもエンジンとモーター両方搭載してるなんて、まぬけだなぁと思う。いまは移行期だから、こういう妙なものが新技術として出てくるのはわかるけど、いざ水素や電気の車が普通になったら「ハイブリッド(笑)って、あれは一体なんだったんだろう〜」みたいになる気がする。
たとえば2009年の時点で「ポケベル」を思い出すのは、当時のメインユーザーだった世代にとっては”青春”として思い出されるのかもしれないけど、ハイブリッド車の場合なんか、あんまりそういうのがナイ気がする。若者が乗るもんではないし、乗ってる方も絶対ハイブリッドじゃなきゃダメなんだッ!というよりは、単なる「最新の足」でしかないのだろうと。だからイマイチ市井での思い出に刻まれないというか。ガソリン車とモーター車の狭間で、フワッと現れ、フワッと消える。そんな印象を持つ。
って、今しがた「まぬけ」と言ったが、なんかそうやって考えると、ハイブリッド車もこれはこれで少し可哀相というか、同情できるところがあるかもしれない。その気持ちを「愛」に変換できる人の存在によっては、現在のクラシックカー・マニアのノリで「ハイブリッドカー・マニア」ってものが将来的に成立できたりするかもね。街中が水素スタンドや電気スタンドばっかりなのに、あえてガソリン車を、それもわざわざハイブリッドなんて奇妙な過去の産物に乗り続ける。
「これまた珍しいものにお乗りで!今はガソリン手に入れるだけでも大変でしょう??」
「いやねー、大変なんですけど、車の歴史におけるハイブリッドカーの期間ってすっごい短いじゃないですか。それゆえの儚さというか、なんかそういう部分に惹かれるんですよね。ある意味、当時の必死さの凝縮でもあるし、今じゃもう造れないってところが面白い。なんとなく歴史の中に置き去りにするには放っておけない存在に思えてね。まあボクにはハイブリッドがしっくりくるんですよ。」
モノが廃れてもオタク気質は不滅ッ!だといいねー。
(ハイブリッド車というもののマヌケさでもっと広げていくはずが、ついついロマンに走っちまった。でも長いスパンで考えると、今カッコイイものもダサイと感じるときが来るし、ダサかったはずのものが一周回ってステキかも!?なんていう時も来る。そういう時間の流れの中で価値観の変遷を思うと、なんか楽しい。だからこそハイブリッドって微妙だなぁと思うのだけど。)
家族のいる風景
冷凍庫にデッカルチェの「ショートケーキ」が入ってたなぁ、と思ってチャーハン食ったばかりのスプーンを洗った。ウキウキして、ついスプーン片手に踊ってみたりして、口の中はすっかりデッカルチェモード。冷凍庫を開ける。
ついさっき見かけたはずのデッカルチェがない。なかった。なんてこった。
ショックで近くのゴミ箱を開けると、そこにはデッカルチェの空き容器。書かれたキャッチコピーが目に飛び込んでくる。
『でっかい カワイイ』
テメーがアイスの空き容器じゃなかったらブン殴ってるところだ。
物好潮流
「浮遊する実存と輪廻する初期設定」なるサイトの何周年かを記念していたらしい集まりへ。(何周年なのかはよくわからない。そして日記を書こうと思って初めてこれがサイト設立の催しだったことを思い出した。そんなことは今の今まで頭を過ぎらなかったよ。)
要するに食って・飲んで・歌いまくる、いつものアレである。メンバーも、いつもいつもお世話してくださる崇高な陰陽師パパと、サイト運営者でジョジョ賢人のメタリックどんぐり、それからジャイアン級の歌唱力でおなじみの筆者、三人のみ。
「結局またこの三人ってワケか〜」
誰ともなく発する言葉には愛着と、若干の悲哀がにじむ。
まずは三人が揃う前に、メタリックとジャイアンが合流。久々に「クイズマジックアカデミー」のマンガクイズをやるが、ジョジョ問題が一向に出なくて「空気読まねえゲームだ」とまではいかないが、なんかイマイチ”やったった感”を持てないままジカンなので外へ。待ち合わせ場所で駅のほうを見たり素敵な女性を見たりしていると電話。
「橋に来て」
と言ったかどうかわからんのだが、パパは電話口で「橋」という言葉を口にしたらしい。横浜で橋といえば”あそこ”しかないということが、三人には手に取るようにわかる。かつて筆者が鶴見川に「ちょっとした撒き餌」をぶちまける羽目になった橋へ向かう。そして陰陽師パパとも久方ぶりの再会。しかしこの場所に来る限り、いつまでもあの日のことを思い出すんだろう。過去の失敗が良き思い出になるということなのか、これは。ううーむ、、、
何はともあれ飲み屋に到着。どうも我々は今夜の最初の客らしかった。BGMだけが聴こえる静かな店内の個室チックな席に着く。乾杯し、肉とか魚とか食らう。活トリ貝だったかな、何かの貝の刺身が超絶にうまい。コリコリの食感がやみつきで、いくらでも食える。トマトのサラダもうまい。平目のカルパッチョもうまい。かに玉の甘酢あんかけ的なやつもうまい。つーか全部うまいよ!このヒキの良さはなんだろう一体。
沖縄産のブランド豚”あぐー”の「とろとろベーコン焼き」では、テーブルの上に運ばれてきた料理にお姉さんがゴオオオオーッと火を噴きかけて仕上げる粋な演出。もちろん、火を噴いたのはお姉さんではなくガスバーナーだったが。顔にフワッと押し寄せる熱気がなんだか心地良かった。味はもちろん、口内で溶け出すベーコンと、それほど火の通ってないシャキシャキのタマネギとの相性たるやーッ!うっかり恍惚の表情を浮かべちまうぜコリャ。
途中、メタリックが最近購入したiPhoneとDIESELの超メタリックな腕時計を自慢にかかる。時計の文字盤の裏側には羽飾りをつけたインディアンの顔が彫られていて「モヒカンだねぇ!カッコイイじゃん!」とパパが言うと、メタリックは「え、そんなんあったんですね。」って。まさか自慢しに来た本人が今までインディアンの存在に気付かなかったという。たしかに着けてたら見えないけどさ〜。あとメタリックの靴がいつの間にか隣のテーブルのお姉さんの足元に片方だけ転がっていた(!)なんて奇妙な事態もあったりして。なんというか、裏切らないメタリックであった。
やがてメニューの中で食いたいものはほとんど注文→消化してしまったようで、お腹も心も充足感でいっぱい。シメにはなぜか野郎3人でデザートタイム。紅芋アイスやらチーズケーキアイスのブルーベリーソース和え的なやつやら「本日のオススメ」キャラメルムースやらを別腹で気持ちよーくいただいてごちそうさまでしたッ!会計を見たら想像を越える食いっぷりの良さにメタリックとジャイアンは一瞬「引いた」が、パパは「いいよいいよー、次のカラオケは払ってもらうから」の一言でゴチに。ウギャアアアアッ!ありがとうございますッ!いつか鶴に化けて機を折りに行きますッ!
さあさ、メーンイベントはカラオケ。ここは相変わらず低音ヴォイス炸裂のメタリックの歌声にシビレようか、、、と思ったら「今日は喉の調子悪いからあんま歌えない」って、ええ〜!マアそれならしゃーねえ。パパと筆者が交互に歌うが、やっぱ二人だと回ってくるのが早い。それでも徐々にメタリックもマイクを手にして歌い出す。でも今日はソファの上には立たないのね。「それなら!」とジャイアンがソファの上に立って歌っていた。空調が弱い(なぜかエアコンに冷房モードがない!?)のでアツい。いやー、かえってそれで燃えるがな!
お二人の選曲に・歌声に「やっぱコレだよなぁ〜」なんて思ったりしつつ、気付いたらパパがマキシマムザホルモンの「シミ」を入れている。当然コレはメタリックの十八番、、、のハズが、なんか首を横に振ってるいやがる。あーつまり、俺が行くのか。その後マキシマムザホルモンのレパートリーの中から持っているやつ全部出しましたよ、ええ。「絶望ビリー」では「亮君のところだけ歌う」というメタリックをサポートすべく、ダイスケはんパートだけやったり。てかデスボイスに専念するのもイイもんだ。すっごいやりやすい。
そして大ラスは尾崎豊「路上のルール」からマキシマムザホルモン「What's up, people?!」と恒例のブツを畳み掛ける。途中、デスボイス出してたら陰陽師パパが照明のツマミをぐりぐりいじってライトを激しくチカチカさせてる光景が/少年のようなとびきりの笑顔が目に入ってうっかり吹き出しそうになりながらも、喉の細胞を破壊し・頭にビクビクと血管を浮かび上がらせ・魂からの血声で大・絶・叫ーッ!!!!!!!!!!
いやー、たまらんね。
湯気が立ち上るほどガッツリ吼えて後、どうもこの横浜には「壁一面はおろか、仕切りの壁さえもオール水槽という素敵な飲み屋がある!」というパパの話を受け、では次回はその店で(もし予約が取れたら)忘年会も開催決定!したッ!
それからパパとお別れし、メタリックとは途中まで同じ帰路。しばらくしてから気が付いたんだが、ほっぺの内側に水ぶくれのようなグニャグニャした感触ができてた。これ、カラオケの前には確かになかったので、歌ってるときにでもできたんだろう。何をどう歌ったらこうなるのか。なんか歯でも引っかかったんだろか???マアこれはこれで心地よい余韻として感じる。またひとつ刻み込んだな。
都会の地底湖に体液まぶしに
文化の日。シブヤの街をぶらついていると、人が多すぎる。子連れの方などは今にも子供とはぐれてしまいそうだ。もちろん手をしっかり繋いでいる。
たとえば地方から出てきたばかりで、この人の多さを見て「何かお祭り??」と言ってくれる素敵な女性がいたとして。たとえば俺の案内で東京見物させるとしよう。「はぐれちゃうとアレだから俺の手ぇ握ってて」とかなんとか言いながら、ちゃっかり手でも繋ぎたいもんだ。その、あれだ。今日はいい天気だ。
妄想もそこそこに戦場到着。今日は恵比寿。
VOLA & THE ORIENTAL MACHINE
”SA-KA-NA ELECTRIC DEVICE” RELEASE PARTY
『Dead or Dance!! TOUR2009』@恵比寿リキッドルームーっ!!!!!!!!
会場入りしてまずは物販。なぜかタンバリンが売ってる。ちっちゃいタンバリン。もちろん買うがな。タンバリン用と思しいネックストラップも別売りであったが、そっちはいらない。カバンに入れたらカバンがチャリチャリ言ってる。Tシャツも買った。
時間が迫って入場。その時少し外気の流れてくるところを通るが、メチャメチャ寒い。うーむ、もうそんな季節なんだな。5月くらいからライブはずっと短パンだったが、今日は無理。長いのにした。おかげで動きにくいったらねえや。男性用レギンスでも欲しい今日この頃、、、などと思っているとジワジワ暗転。歓声のところどころにタンバリンの甲高い音色が聴こえ(けっこうみんな持ち込んでる)、低くウネった轟音がそれらを圧倒していく。
加速度的に煩悩を粉みじんにしてゆく変態出囃子”ORIENTAL MELANCHORY”に誘われて前方へ。けっこう前に来たが、余裕があって踊るのには不自由しなさそう。というか客の入りがそれほど良くないのよなぁ。そんなマイナスをサクッと洗い流す怒涛のテンションでメンバー登場。客席の奇声もスゲエがステージ上からもなんかスゲエ奇声。ひょっとして俺たちみんなキメちゃってるんじゃねえの!!?どいつもこいつも好き者ばっかだな。ヒャッヒャッヒャ〜!
VOLAのライブはかれこれ5度目くらいだった気がするが、いつも抱き合わせ公演ばっかで、純粋なワンマンは初めてだと思う。そしてライブのたびにステージには物が増えてる。最初はギター2本+リズム隊というオーソドックスな編成だったのが、フロントマン・アヒトが元ドラムスなので簡易スタンディングドラムがセンターマイク横に。その後はマニュピュレーターというか小さなシンセサイザー的なものもアヒトが担当。ギターの横にもシンセとヴォコーダーと思しい鍵盤が二本追加。よく見ると首からカシオメーターもぶら下げてるアヒト。まさに生きた電子音マシーン状態。それでいて魔性のハイトーンボイス放てるんだから、貪欲な玉手箱。
音色も初期こそニューウェーブ・ギターロックの典型だったが、段々と電子音が増えまくり、低音率が強まり、どんどんどんどん高速化・アングラ化・ダンスロック化。それでも従来やっていたコール・アンド・レスポンスなんかはバッチリ続いていて、聴き手のスタンスで楽しみ方が変わるから面白い。ニューアルバム「SA-KA-NA ELECTRIC DEVICE」ではガチャガチャ乱雑だった電子音も洗練されてきてイイ感じ。精密な音色に酔いしれながら踊れる。
基本セットリストはニューアルバムから。かと思えば「ギターロック時代」の中でもマイナーな曲”噛む猫”が飛び出してビックリ。まさかコレを聴けるなんてなー。「嘘だろ!?」ってアガるやつと見るからに「きょとん」とするやつで客のリアクションは二分。『たまにはこういうのもイイもんでしょ?ねっ?これからも時々やりますから。』とはアヒト談。現行の電子音もギターロックと同じマインドで成り立っているんだなぁ。いやー狂わさしてもらったッ!
アヒトいわく『お盆に作った曲』という、なにか自然美を想起させる”The Sea of the Sand”で緩急効いてからMC。『ボクの周りにベタベタベタベタまとわりついてくる人がいるんですけど、そういう人とは一切コミュニケーション取りません!』すかさず”A communication refusal desire”で狂喜乱舞は成層圏突破!「コミュニケーション取らない」という言葉に過剰反応しちまうVOLA狂いの我々。
踊るか死ぬかの二者択一“Dead or Dance!!”では無数の風船が投げ込まれ、一瞬サマソニのThe Flaming Lipsを思い出してニヤニヤ。黒い風船しかないのがVOLAらしいな。ただ一人ひとりがスペース駆使して狂乱してるので知らないうちに風船が足元落ちて、ハシャギ回って踏みつけてバンバン割れまくる。VOLAのライブに風船って向いてないんじゃ、、、楽しいけど。楽しさは各種カオスを巻き込んで増殖し続ける。
本編ラスト”Mexico Pub”ではダンスの領域をあっさりハミ出て超自然発生的にモッシュに発展したかと思えば、アンコールでも流れはそのまま。ミニアルバム「Halan'na-ca Darkside」の冒頭SE(VOLAのスターティングナンバーってなんでこんなカッコイイんだろホント!?!?)で一気に炎上。地続きの”self-defence”で全身のうぶ毛一筋から発狂。踊り倒す。そういやアンコール入った時からステージ上の演者は物販のVOLAグッズに身を包んでたなー、って曲が終わってから初めて気が付いた。(メンバーの動きなどの描写がぜんぜんないのは、踊り狂ってステージなんかまるで見てねーからだ。あったりめーだ!ケケケケケ!)
ツアーファイナル(3本しかなかったけど)ってことでダブルアンコール!も含めての超疾走的トータル20曲。ありとあらゆる細胞をカクハンしまくり、時空さえも歪めてしまったほどの至高のひとときを堪能。暗転が解けると足元にしぼんだ風船が落ちまくっていて、なんかそこらじゅうビショビショだ。たしかに後半踊ってて滑りまくったもんなぁ。いやー、しかしこれぞ良いライブの証。ゴミだらけで汚い???ノーノー、俺にとっては美しい。ビールを飲み干したらそのままエビスビールのCMになるんじゃないかというくらい爽やかですがすがしかった。来年二月から半年間くらい月イチでマンスリーライブを展開するそうなので、それも何度か行けたら。
諭吉色のうんこの音
我がiTunesには「@My POLYSICS」というプレイリストがある。頭に@がついてるのは、これをつけておくとアルファベット順にソートされたプレイリストの一番上に来るからだ。
いついかなる瞬間にも、「聴きたい!」と思ったその瞬間に、コンマ一秒でも早くPOLYSICSのプレイリストにたどり着きたい。そしてそのプレイリストは、俺の考えるPOLYSICSのBEST、ランダム再生で流した時にどの曲が来ても「ウヒョー!」とアガるようなものがいい。どうせなら曲順も考え抜いて、通して聴いた時に”繋ぎ”を感じさせるものにしたい。ワクワクしたい!
とか言いつつあれこれ聴きながら編集してたら、3日間、これしかしてなかったよ。うわーもったいねえ!やりたいことがまだまだたくさんあるのに。特になぜか読み始めたジョジョの奇妙な冒険の第二部を早く読みたいのに。つーか文庫本50冊購入決定(!)しちまったので今後はマンガの本棚をどうするか新たな苦悩も始まった。ああーやりたいことが多すぎる。
って、いきなり話は逸れかかったが。それにしたって「なんか世の中ベストアルバムばっかりだなぁ」と、POLYSICSの個人的ベストを編纂している手前嘆いてみたりしておこう。
2009年11月02日付のオリコンアルバムチャート(まだ10月なのにそんなん出ちゃうのかよ)を見ると、GLAYやら絢香やらAqua Timesやらマドンナやらm-floやら、どうも10位内の6作品がベストアルバムと思しい内容。
加えて女子高生風ロックバンドSCANDALのデビューアルバムが「BEST★SCANDAL」って、また紛らわしい名前つけたもんだ。もちろん紛らわしいのは「ベストアルバムしか売れねー!」なんて言われてるご時勢だからだろうけど、俺にはこれが末期症状にしか見えない。
なんつーか「売れる」という社会現象を考えた時、ベストアルバムというのはそりゃ、売れるだろう。最大公約数的に、幅広くリスナーの欲求を満たしやすいって話で。まあ入門にも適してるとかなんとか。「売れる」というより「売れやすい」ってカンジかね。でもベストアルバムしか売れないんじゃなくて、ただ単に売れる売れないの根底となる部分からしてもう違ってきてんじゃねえのかと。
正味な話「音楽CDが売れない!」という類の言葉は飛び交ってるけど、俺にはその実感がまるでない。だってCD買わない月なんてないし。昨日はタワレコ行ったけど「まだ未聴のアルバム二枚もあるだろがッ!」って自制したけど、普通なら何かしら買うところだ。これで売れてないなんつったら昔の人は毎日CD買いまくってたのか???もちろんそうじゃない。
最近では音楽の世界も多岐に広がりまくって、耳にしない方面に関してはさっぱり把握できないほど細分化を極め、「選択肢が多いぶん一極集中しにくくなった」。純粋にそれだけの話じゃないかと。90年代に頻出した「メガヒット」とかを覚えてる人は当時と比較して「売れない」と言いたいのだろうが、すでに時代が違う。音楽の中でも選択肢が増えたと同時に音楽自体もいろんな娯楽と秤にかけられる中のひとつでしかないのだしね。音楽しかなかった時代よりトータルの売り上げが落ちることくらい当然と思える。
それでも昨今のフェス文化の浸透などから考えて、音楽をディープに楽しむ人は過去よりも現在のほうが圧倒的に多いような気がする。そりゃ昔のことは知らんし、音楽漬けの一人の周囲の印象でしかないけど。でもたとえば軽くアンテナ張ってりゃフィンランドで評判になり始めたインディーズ・デスメタルバンドの情報だって日本に居ながらサクッと入ってくるような時代ですから。音楽に関心を持つ人の割合は減ったかもしれなくても、ちょっと興味が湧いた途端「やっべー!金がァ!」とか言いながら財布の紐が緩まる物好きなんて、俺ほどのヌルいやつを含めても世の中いっくらでもいるだろう。深部への入口は広い。子供だましの音色じゃ満足できねーのよ。(現に子供も減ってるしね〜。)
今まで音楽業界が極端な暴利多売で成り立ってきただけであって、そのシステムを見直す時期に来ているだけのこと。客がいないわけじゃない。客を見てないだけだろ?利益ばっかり優先させやがって。
カラオケで歌うことメインで音楽的深度の浅い工夫のない顔立ちのイイやつが英語交じりの詞を歌って「泣ける曲」と称した広告チョチョイッと打てばマアこれくらい売れまっさー、なんてやり方で「売れる」を作ろうとするのが無謀だと思う。過程には見合った結果しかついてこないってワケで。品質向上努力を怠って最大公約数の追いかけっこしかしてないんだから、少ない資源の中から「ベスト!」とされるものをつかもうとする客の心理は当然。ベストアルバムしか売れなくしたのはまず間違いなく騒いでる君らじゃないのか!?
それでもやり方を変えずに「どうしてもオリジナルアルバムが売れない。ひょっとしてこれは今の社会のせいでもあるんじゃないか?」などとほざくとは、なんでも社会のせいにして極刑を志望するどこぞの通り魔たちと変わらない。文句を言う前に反省しろよ。まさか自分に責任の一端があるとは思いもしないのか。そもそも商売的に見ても客は育てるもんだ。使い捨てるもんじゃない。
マア何があろうと俺の好きな音楽は滅びず、尊敬する作り手はいて、良い曲ならいつだって生まれ続ける。その確信があるので、ベストアルバムばかり売れようが危機感もへったくれもなく、むしろ将来は果てしなく安泰であると感じている。そう感じるしかないような音が世の中あふれているので、こいつァしょうがない。
なんつーか、権力者が「異常事態」とか騒いでも、それは権力者の立場が揺らいでいるだけなんだよね。権力にないコチラは何も動じる必要がない。大切なのはギャーギャー言われても鵜呑みにしないこと。また安易に流されないことだ。だってどっかの誰かが編み出した商売っ気のある数字とかより、最強に頼りになるのはテメェの感覚だろうが。
要するにPOLYSICSをいくら人にオススメしても全然理解されないのと同じで、人の数だけ好きなものは違う。音楽では特にそれが顕著だ。そんな中で「売れる」という画一的な概念を持ち込んできたこと自体いかがなものかなぁと思う。もちろん売り上げは楽曲に対する評価の一端ではあるけど、そうじゃない部分だってある。大きな売り上げだけに甘えるのはいい加減やめようよ。諭吉色のうんこの音はもう聴き飽きたよ。
「結局、つまらない音楽だから(お前らが売りたいやつらは)売れないんだろ?」
それだけのことだと思うし、それを音楽文化全体の不振みたいに言うのはカンベンしてくれ。音楽やってる人にも音楽好きな人にも失礼だからさ。マアなんというか、ついつい日頃の怒りで筆が走っちまった。




