スーパーナチュラル
こないだ「阪東」という名前をペンで書こうとしたら、阪の字がどうしても「陳」になってしまう現象に見舞われた。
「これじゃダメだ!」っつってやり直すと、また「陳」になっている。陳じゃない。阪だ。合ってるのは「こざとへん」だけだ。えーい陳じゃない!ってその4秒後くらいにまた陳を書いている。ハマった。完璧ハマった。
こんなことってあるんだなー。
その二日後くらいに、「『くいしん坊!万才』は松岡修造の前って誰がやってたっけ?」って話になり、あの人だよね、あの、阿藤快。いいや、阿藤快じゃないや。あの、阿藤快。ああだから阿藤快じゃなくって!
頭ではハッキリ「宍戸開」と言っているのだが、実際には「阿藤快」と言ってしまっている。「宍戸開」と書いて「アトウカイ」と読むかのような、まるで違和感のなさ。合ってるのに、合ってない。あれ?なんでだ?マヂハマった。完璧ハマった。
こんなことって、あるみたい。
これは言い間違いとかとは若干違うけど。先日のアメリカ大統領選挙で共和党の副大統領候補だったサラ・ペイリン現アラスカ州知事の知識不足やらなんやらが、ちょいとした槍玉に挙がっている。
中でも「アフリカを国名だと思っていた」というのは、副大統領候補たる者が(現職のアラスカ知事たる者が)、たぶんそこらへんの小中学生でも知っているであろう話を知らんというので衝撃だったが、よく考えれば英語がうまく喋れないような大統領がいる国だから、こういう人がいてもそれほどおかしくない気もする。
それに「そんなことを知らないでよくここまでやってこれたねー?」という印象を持たざるを得ないペイリンのような方には、普通に生活していると少なからず出会う。
最も身近なところで言うと、ワシの実父は既に還暦を過ぎているにも関わらず、「東証一部上場」の「上場」をずっと「じょうば」だと思っていたことを、たしか去年だか今年会ったときに知ることとなった。
寿司をつまみながら、会話の中であまりにも普通に「じょうば」が出てくるので、「ああこれこいつリアル思い込みだ!」と直感。
とはいえ、もしやワシのほうが間違っているのでは?とも一応思って、帰ってきてから調べてみたりもした。調べているとなんか強いデジャヴに襲われる。「これ以前にもほとんど変わらないシチュエーションで調べたことがあるなぁ」と。まあそれがなんだったかはわからない。
そしてやはり「上場」は「じょうば」とは読みようがないようだ。
どうやら会社の社長的なことをやったこともある(らしい)彼が、でも、今までそれで何も問題がなかったんだし、これからも「上場」=「じょうば」と思い続けたところで、きっと何も問題はないだろう。万が一今後政治家に立候補したりすることもないだろうから、揚げ足を取れるのは息子のワシくらいのもんだ。こうなればもういまさら訂正さしてわざわざ父に恥をかかすこともなかろうと、その場では自然に流して受け容れておいた。(でもバッチリ日記にはするという。しかも二度目)
だもんで何か、今回のサラ・ペイリンの騒動を見ていたら、妙に親父に会いたくなってきた。純真さとハングリー精神に満ちながら、目に映るものの6割以上が思い込みで成り立っている男。
観光地のパネルをそっくりそのまま人にしたような。「見栄」と書いて「こっけい」と読むのだと教えてくれた教師。
人生まるごと「頭隠して尻隠さず状態」の、都合のいいとこだけ磨いて光ってるメリハリ・デコボコ・ジジイ。
とはいえむしろ、そんな視野の狭さが巻き起こす痛快さこそ、結局揚げ足取りやってるワシのような人間にとっての重大な欠落を感じたりして。まあ何が欠落してるのかはわからんが、これは父と接していてよく湧いてくる感情のひとつではある。
父になくてワシにあるのはきっと「常識のようなもの」だが、その父にあってワシにないものは一体なんなのだろう?そこにこそ社会をよりよく生きるカギがあるのではなかろうか。そんなことを漠然と感じるのよね。ペイリンにも近いものを見たっちゅうか。
「アフリカが国名だと思ってた」
「アラスカからロシアが見えると思ってた」
国際事情や地理に疎いとかいうレベルを越えて”ぬけている”ペイリンが知事という役職にありつけ、さらに大統領選でああも高々と持ち上げられたことを思い返せば、スケールこそ月とスッポンながら、ワシが父とペイリンに共通項っぽく感じているものの根底部分をもーっと深く見つめたくなってくる。
なーんかありそうだなァ、、、と。
人としての矜持を保つ上では、世界に満ち溢れるより多くの違いに気付き、多くの現象に対して敏感で居続けることが「人として上だ!」とする考えが、ワシの中のどっかにはある。父の「じょうば」を面白がれるのはそういう精神性によるものだろう。間違いは正してナンボだと。
だけども、世の中、そんな細かい間違いを気にしないくらいのほうが、なにか人間、うまくやっていける気がしないでもない。それらをニュアンスとしては理解するが、中身の詳細がいまいちわからない。その概念是非インストールしてみたいもんだなぁと思うのだが。
で、それらを知りたいと思うとき、ワシは父に会いたくなる。
(べつにペイリンには会いたくない。ババアだし。アメリカ人だったらスカーレット・ヨハンソンに会いたい。そしてスカーレット・ヨハンソンよりも夏帆のほうが会いたい。断然!なんなら優木まおみでもいいや。ババアじゃない女性ならもう誰でも)
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